黄金町 Sound & Scape について

ブログのテストも完了。そろそろ、このブログを本格的に始動したいと思います。

このブログを書き込み展開する直江実樹(naoe-miki)といいます。短波ラジオを使用して、ライヴ活動を展開しています。

黄金町 Sound & Scape は、映像と音楽的パフォーマンスを展開する空間的なライヴイベントです。

今年の7月20日に、黄金町シネマジャック&ベティカフェで1回目を「第一夜」と題して開催しました。

http://www.jackandbetty.net/

第一夜のキャストは、

☆Vajuwaju feat.ミフターハ+リサリサ
http://www.myspace.com/vajuwaju

☆福田理恵×なかおちさと
http://www.sonimage.ne.jp/index.html
http://www.youtube.com/watch?v=699zhrt1BVA

☆中川一郎+直江実樹
http://www.myspace.com/naoemiki
http://inakagawa.blogzine.jp/ambient_samurai/rss.xml

VJ:椿

以下のブログで告知など展開しておりました。

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12/e/3e65118a08a8ca8d7f8774393608ee85

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12/e/69691aa665859c0a2a458bfcc1bc5846

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12/e/fcc01dc0e432c16766253dc76860949f

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12/e/dedb4da6954a0c3cf0d35feb2dd33595

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12/e/9f68a7d202002319080f7668ec5a1285

第二夜を2009年12月6日に開催します。

場所は、黄金町スタジオ内「試聴室その2」です。 

http://cafe.taf.co.jp/live/

●この企画を始めたきっかけのようなものを書きます。

1993~1995年にかけて、芝居の音響を担当して、空間で生でダイレクトに音を響かせるということが快感になって、1年後ぐらいに小さなパーティを山梨でやったり、している時に、短波ラジオSONY CF-5950と出会った。ヤン富田の「Music For Astro Age」がリリースされた時、ちょうど、芝居の音響を担当している時で、その空間的なダブサウンドとともに魅了されたのが、短波ラジオノイズだった。芝居仲間から、ラジオでのパフォーマンスとしてホルガーシューカイは知ってはいた。短波ラジオの音は、シンプルで重奏的で、アンビエントであって、ノイズであって、私のようなニューウェイヴやヒップホップが好きな世代にも訴えかけてくる、アヴァンかつポップな空間音。

小さなパーティで知り合いが持ってきた時、ジャーマンロックDJに合わせてみんなでラジオで遊んだ、それを借りパクしたまま、樹海のイベント「Flying Mountain Ride」で鳴らしたり。

CDJとMTRでコラージュやノイズを作り、山梨を離れ、横浜に移り住み、階段の写真や雑踏のフィールド音を録音したり、漠然とそうした音を並べて、エフェクトをかけたり。世紀末はそんな感じで、Ground Zeroやボアダムズ辺りのカオスに憧れたりして、上記からこの頃によく聞いた、Ground Zero「融解GIG」やI.S.O.の「重力時計」やHANATARASHの「5」はかなり影響を受けてるんじゃないか?と今にして思う。

●世紀を跨ぐ直前の2000年に、ちびパニックスというルーツパニックスのメンバーを中心としたセッションで武蔵小金井アートランドで初めて短波ラジオ奏者としてライヴに出て、その帰り道、硝子工場の同僚の佐藤さんのソロユニットだった打ち込みとアコギとリーディングに近いヴォーカルスタイルのガリノイズに参加を申し出る。それから、MTRと短波のソロライヴが片瀬江ノ島OPPA-LAであったり、キャンプへの参加があったり。少人数のキャンプ「ARVE」ではDJライヴで怜楽舎の雅楽に短波を乗っけたりして、もう今に至るアイディアがスタートしていて、以降、terraD/Aくんと「Flying Mountain Ride」でDJユニットとして単発でやった電脳ショックボーイズをライヴユニットとして始動した、Abstruct Soundscape Duoと称して。12回目のARVEでは、レコーディング手前ということもあって、ガリノイズと合体して1時間のライヴをやったりと実験を重ねながら、最初はターンテーブルやサンプラーを使ったり、MTRを使ったりで、かなりの大荷物でライヴしてた。→2003年8月の町田プレイハウスの「町田クリエイターズモーターショウ」が初の屋内ライヴで、これを皮切りに、下北沢、高円寺、代官山、新宿、横浜、富山、六本木とDJパーティ、スカムイベント、クラブ系、ギャラリースペースでのアクションペインティングとのコラボ、ヒップホップ+ハウス系イベントとジャンルレスに2004年末までは、DJ的側面を持ったままだったスタイルだったけれど、より、短波ラジオとホーメイの特性を生かそうとシフトチェンジ、元々は映像のサントラからトラックメイクということでスタートしたレコーディングが50分超のEP-CDに進化して、ファンクやダブ、クラウトロック、ドメスティックな和物、アンビエントなノイズの「D.M.F.」をRで自主リリースして、高円寺無力無善寺で自主企画「DMF」を2度開催。出演は、一緒にパーティをやってた多国籍ユニットのニューウェイヴ「Abikyokan」、アンビエントなデュオで鎌倉繋がり「ju sei」、ギターアンビエント侍「中川一郎」、ノイズダンサーの先駆「謹成祝花」、ポエトリー+ギタートリオ「sekt」、カラフルオルタナポップ楽団「モザイクフリー」とやっぱりジャンルレスに、対バンノリの企画に相成った。「DMF」の改編改題リマスタリング集「B.C.F.」をリリース後も、銀河キャンプ場、中野Heavy Sick Zero、町田Play House、新宿Advocates Tokyo、青山Everとキャパのある場所、魅力的な企画でライヴを展開するも、トラックメイクの強化や方向性等で、お互い、メインの活動はだんだん、他にスライドして、現在は、トラックメイクとトラディショナルなアコースティックを中心のユニットになっている。

●並行して、2005年ぐらいから始めたソロ活動は即興で、最初は電脳同様にサンプラーやマイク、MTRを多用していたが、短波ラジオ単体でのセッション活動が増える。八木橋司さんの企画を皮切りに、大上流一さんのインプロ企画、浅井祐介さんの個展でのライヴは最初期の多くの機材を使用したものでしたが、2006年後半ぐらいから、セッションへの参加が増えて、2007年の早稲田あかね以降は短波ラジオのみのライヴがメインになってきた。

●電脳ショックボーイズのレコーディングと並行して進めてきたことに、サーカス楽団的なレビューライヴの構想があった。長屋まひこさんの謡い語りと映像のコラボライヴを更に推し進めようと、サックス奏者のJeffry五徳さんと構想していたものだが、まひこさんの帰郷で頓挫。その頃ぐらいから、パフォーマンスと映像というものを、個人的なフィールドレコーディングのヴィジュアル的な要素と連動できないかと漠然と考えていた。

●鎌倉のカフェエチカの旧店舗が閉店する前に実験的な試みでやった個人企画「Cinebient」というライヴがあった。パゾリーニ監督の「王女メディア」(当初は「ゴダールのリア王」で演るつもりだった)をモチーフにそのまま、映像をビートとしてモンタージュすることなくオンタイムでセッションするというもの。発想は面白いものの、と酷評でしたが、Jeffry五徳さんと企画を一緒するきっかけだったのではないかと、今にして思う。思えば、初めて電脳ショックボーイズ名乗って、エクスペリメンタルなDJユニットを単発でやった時も映画やテレビ、アニメの映像をコラージュしてバックにかけたのだし。

●電脳ショックボーイズで浅井祐介さんの個展でライヴの時は、2メートル四方ぐらいの木枠のまわりにペインティングされた布を張り巡らした箱に入ってのパフォーマンスだったり、代官山omamoriでSAKKAKUのヴィジュアルインスタレーションとsuzuくんのキャンドルの中で演奏したり、空間的なアクトが多々あった。そうした下地が芝居のスタッフの時も含め、あったのだなと今にして思う。

●電脳ショックボーイズは、Abstruct Soundscape Duoと名乗ってはいたが、結局、そうした試みは現在までには展開出来ず、再び、鎌倉カフェエチカの現在の店舗で、「radio+soundscape」という映像と演奏のコラボレーション企画を開催する。映像はJeffryさんがディレクションして、私と撮影、演奏はホスト的に私の音と、中川一郎さんのソロ。映像をモニターも含めて4面に配置し、盛況ではあったものの、企画として、混沌し、その後、Jeffryさん、私、エチカマスターの千田氏とのFlying Trainsとしてのライヴパフォーマンスユニットとして、鎌倉カジュアートスペースで2度ライヴを敢行、次期映像撮影の準備に入ったまま、宙に浮いている。

●もう一度、何かの形で、という思いは、ライヴ活動自体の拠点を横浜でと考えた時から、スタートしていた。第一夜を思いついたのは、黄金町シネマジャック&ベティカフェでの「若葉町ニューウェイヴ」という企画を知った直後にシードマウスさんの出演が決まったこと。

●シードマウスさんは後輩の栗山君から富山に凄いノイズアーティストの方が居て、是非、紹介したいということで、メールでやりとりをして、電話で話すことから始まった。短波ラジオをやっていますというと、僕は30年前にすでにそれでデビューしているんだとおっしゃられた。以後、シードマウスさんとお近づきになり、富山での企画に出演させていただいた。最初はガリノイズ、それから電脳ショックボーイズと2003年ぐらいから、ずっと、シードマウスさんが富山から世界に発信し続ける「前衛行為音楽祭」にも参加。シードマウスさんはハードコアなバンド「チクロンBゾンビーズ」やソロでのアンビエントノイズを展開、特にソロは、映像的かつ空間的な偏執的な美しいカオティックパノラマな音で、世界有数のアーティストで、常に私の目標となる人となった。前衛行為音楽祭では、インキャパシタンツのコサカイフミオさんのソロやAstro、伊藤まくさん、渡辺カントさん、ガバメントアルファ、Hacoさんといったそうそうたる面子と同じステージに立つことが出来た。

●なかなか、東京方面でもステージに立つことのない、シードマウスさんがそんな近所で、と。結局、当日伺うことが出来なかったが、同イベントは広く出演者を募集していたので、私も応募して出演を決め、そのギャラリー的な空間で、再び、映像的な企画を組みたいと思い、企画を持ちかけた。それが、2009年7月20日の「黄金町Sound & Scape」の第1回目の第一夜となるわけです。

●ざっくりした空間に2面の映像を配置し、それを照明的にパフォーマーを浮かび上がらせるというもの。

●しかも、横浜のディープゾーンだった黄金町。

次の回では第一夜の経緯と紹介をしつつ、公式HPとリンクの準備、第2夜の告知等挟んで行こうと思います。

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