Archive for 2009年9月

Topic1:2009年12月6日(日) 黄金町 Sound & Scape 第二夜開催

9月 25, 2009

第二夜の告知です、12月上旬、肌寒い季節の入り口に。

場所は第一夜のシネマジャック&ベティカフェから、試聴室その2に川を挟んで移動。映像と外観がどう融和するか、面白くなると思います。

2009/12/06(sun)

黄金町Sound & Scape 第二夜「水辺の室内楽」

@黄金町 黄金スタジオ内「試聴室その2」

 http://cafe.taf.co.jp/live/

開場:18:30 / 開演:19:00

 ■料金:予約 1,500円+1drink(500円) / 当日 1,800円+1drink(500円)

→事前のご予約をおススメします。(Eメール、電話どちらでも受付けてます)

 出演:

●ju sei

ju_sei1

本人たちのコメント「duo。1人は歌って、もう一人は主にギターを演奏します」

といたってシンプルですが、O-nestでの円盤ジャンボリーで注目され、Studio Voiceの相対性理論特集で、近未来のアヴァンポップと評された二人です。私自身、5年ぶりぐらいの共演ですが、その頃とはヴォーカリゼイションもバックトラックも格段に変化と進化を遂げています。

1st Album 「大群遊泳」

http://www.enban.org/shop/cart_pro.cgi?page_id=1&disp=on&gid=JUSEI1cdr

取扱の高円寺円盤ではロングセラーで同店の月間チャートに入り続けています。

●タコの唐揚げ

karaage0606

謎の軟体即興ユニット「タコの唐揚げ」
タコ、ヒトデ、サザエの3匹によって繰り広げられる軟体にょろにょろ
ワールド。にょろにょろ改造ギター、にょろにょろ自作楽器、各種にょ
ろにょろエフェクターを通して出てくる音とは一体・・・。

今年7月、NHK「パフォー!」にも出演を果たす。

オフィシャルサイト
http://takomasaru.com/takokara

MySpace
http://www.myspace.com/takokara

1st album 「唐揚と戦慄」

karaagejacket

この6月に吉祥寺で対バンして、以前から噂を聴いていましたが、この自作楽器によるユルジャズ、ユルファンクな世界とヴィジュアルはツボ。今の関西シーンにも通ずる感じがします。

●直江実樹 plays shortwave radio

IMG_3154

→Sony CF-5950を2台と小さな短波ラジオを数台、他音源を使用して、今回はより楽曲的にアンビエントなライヴを展開します。

※2000年ぐらいから、本格的に短波ラジオ奏者として活動。ソロでは、セッションを中心にノイズ、アンビエントと振幅あるパフォーマンスを展開中。

VJ:椿

→毎回、我儘な注文を聞いていただいています。前回もそれぞれのキャラクターに合わせた色彩と色彩そのものの性質を帯びたシチュエイションを見事に投影してくれました。今回は映像のテーマ自体をタイトルに掲げてみました。期待!

<関連サイト>

ju sei

 http://d.hatena.ne.jp/ju_sei/

 http://d.hatena.ne.jp/jjjjjjjjjjjjjjj/

http://www17.plala.or.jp/goonie/

タコの唐揚げ

http://takomasaru.com/takokara/

http://www.myspace.com/takokara

http://takomasaru.com/takokara/blog/

直江実樹

http://www.myspace.com/naoemiki

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12(こちらでもイベントについて逐次更新していきます)

http://www.myspace.com/dennoushockboys

黄金スタジオ内「試聴室その2」住 所:横浜市中区黄金町2丁目7番地先    

●京浜急行電鉄黄金町駅下車、徒歩3分 ●横浜市営地下鉄「阪東橋」駅下車 徒歩5分  ※黄金スタジオは黄金町寄り高架下にあります。

 ■電 話 : 045-251-3979(12時~20時)

 ■メール: live@koganecho.net

MAP:http://cafe.taf.co.jp/sono2/access.html

Google MAP:

地図はこちら

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黄金町 Sound & Scape について、その2

9月 24, 2009

2009年7月20日黄金町シネマジャック&ベティカフェでライヴ企画「黄金町 Sound & Scape 第一夜」を開催した。

●横浜に移り住んだのが1998年の夏、最初は鶴見で、2000年から弘明寺と京浜急行沿線に住み続けている。

実は、私が初めて東京方面に来て降り立った駅が京急の黄金町だった。

受験で来たのだが、当時泊まるホテルが黄金町。いかがわしいホテルではなく、今はつぶれたニューオータニ。

石川町のタワレコにも行った、ホイットニーヒューストンの1stやストーンズのハーレムシャッフルの7inchやスティーリーダンの2枚組ベストとか買った覚えがある、歩いて帰ろうとして、迷い込んだのが寿町だった。リドリースコットかと思うほど、蒸気が漂う、ドヤの雰囲気は怖かった。二度と来てはいけない行けないところだと思った。

それから10年ぐらい経ってから、今日まで、毎年のように、寿町フリーコンサートに足を運んでいる。もう、ボガンボスもJAGATARAも出ていない時代からだけど。

やっぱり、自分のような60年代生まれの田舎の人間にとっては、横浜のイメージは横浜駅周辺やみなとみらいではなく(とはいえ、山梨のころ、わざわざ、東横のガード下のグラフィティを観に行ったりした、91年ぐらいか)、関内や石川町で、移り住んでからも、伊勢佐木町や馬車道、野毛や黄金町に惹かれていました。弘明寺に住んで大岡川で繋がる感覚も大きいのかも。未だに本牧には足を踏み入れていないものの、車がないから致し方なし。

皮肉なもので、いつしか10年以上住みなれた都市は、受験して住むであろうと期待していた町だったりもする。山梨に10年寄り道して、ここに辿り着いたのかもだ。今住んでいる弘明寺は門前町で横浜らしい気ぜわしく起伏に富んだ土地に住宅が密集して、商店街や駅前があるので、そのうねりのある道筋に、金沢の城下町の街並みを思い出したりもする。

●鎌倉でのフィールド撮影を敢行している時や、Flying Trainsでの企画をミーティングしている時にJeffry五徳さんがよく、街並をその土地を見ていくことによって、その土地にいる人間性の風土が見えてくるのでは?と話していた。ライヴなどの活動の主たるところは東京、それも中央線が多かった。もともとキャンプでのライヴや樹海のパーティでのDJをやっていたから、場所の面白みというのは重々判っていたけれど、なかなか、自分の感覚をそのまま打ち出す気にはなれていなかった。

●鶯谷What’s Up、町田Play House、新宿Smokin’ Boogie、CrawDaddyClubというのは場所の面白みがあった。どれも、ホテル街、ホテル街、新宿2丁目、歌舞伎町のホストクラブ街という特殊なロケーション。特に鶯谷はそのもののど真ん中にあるは神社の敷地の真下にハコがあるは、狭いのに轟音だわで、かなり、場の面白みを堪能できた。イベントに呼んでいただいたオカニワさんは、自分たちの地元に、こうした場所が欲しかったし、シーンがあるべきだと、語っていた。浅草ロックと歌っていたリザードも結局当時は、中央線や渋谷、新宿でライヴをやるしかなかったと。

●横浜で、匂いのある街で、馬車道や日本大通りのよそ行き感覚も悪くない、BankARTやZAIMでのライヴの祝祭感はいつも至福だった。

●黄金町その街並みをが一掃したのは、悲しい出来事だった。諸悪かね?あれが。確かに街のイメージとしてはドヤ街と変わらぬものかもしれないが、はてさて、それらは一体どこに流れたものか?初めてそこに迷い込んだ時の畏怖感は凄かったが、あのイルミネーションのガード下、半間くらいの入り口で、客引きをする、風情。景色を失って初めてわかる、街の喪失。そこにあった、吐き出された、落としこまれた情念やらは、人間から消え去るものか?映画「赤目四十八瀧心中未遂」を今はつぶれた黄金町の日劇で見た、そこに描かれたボトムラインの人々、安い木賃宿ともつかない襤褸アパートの一室が赤線のような場所になっていた。昔、散歩して見た川崎八丁畷のタコ部屋近くのコインランドリーが立ち呑み屋化した風情—–鶴見の硝子工場で寮住まいで生活している頃、鶴見の工場地帯側は、移民の街、沖縄街(笙野頼子の作品「タイムスリップコンビナート」にもフィクションな風情で出てきた)に、南米の移民文化が入り込んでいる、その辺の酒屋には立ち呑み屋が併設され、表にビールケースを出して呑んでいる人たちが居た、公園に住むホームレスのラジカセから沖縄民謡が流れていた。実家金沢は駅前に近いところにあるので、駅前の裏をちょっといくと、いなたい呑み屋の風情があった(やはり、今は一掃されてしまった)。車谷長吉のように文学的に絶望的に偽貧を気取るつもりはさらさら無いが、こうした都市の歪のようなエリアは果たして、それを一掃したところで解決になるのか?それは、「確かな風景」ではないか?と昔も今も思う。ただ、こうして、一掃され、その場所をちゃんと復興しようという人々が現れて、少しづつ、場所を再生復興しているからこそ、私はそこで、何がしかの表現を出来るようになったのだから、よしとするところではあるのだけれど。皮肉ではある。

●黄金町の日劇は今はマンションとなったが、その対面の映画館シネマジャック&ベティは存在する、この奥を海側にまっすぐ進めば、花街があった横浜橋商店街(いつかはその先の三吉演芸場で企画をやりたい!!)、一つ通りの向こうは、伊勢佐木モールで、関内、馬車道へと続く、まさに横浜の匂いのある町並。逆側を橋を渡り、左に折れれば、黄金町スタジオである。

●Sound & Scapeの前に、Soundscapeという言葉がある、空間的サウンドを志向していたのと、フィールド音との共生を考えていたかったから、この言葉に行き当たったが、実際、学術的なSounscapeを学究するわけではない。空間音とフィールド音という二律背反するあり方、いびつなグラフィカル性、パノラマ観が重要だった、1回目のシネマジャック&ベティカフェも2回目の試聴室その2も、ガラス張りのドアが入り口となっている。1回目は暗幕を挟むことで、見世物小屋の風情であったが、2回目はよりフィールドとの対峙が空間に影響を与えるだろう、川べりで、高架下という特殊性がある。雑多な町並みに生まれ育ったから、こうした都市の一部に、風景を感じるのかもしれない、用水路の町金沢と、まるで小さな運河のように存在する大岡川も似ているのかもしれない。その一部を切り取るように、音景が浮き立つ、小さな祝祭を、と思う。それは狂騒に限らず、協奏であるかも知れない。

→ひゃあ、終わらないね、承前が。まずは、2回目の告知を次回、そして、第一夜を振り返る感じで、進めます。

黄金町 Sound & Scape について

9月 15, 2009

ブログのテストも完了。そろそろ、このブログを本格的に始動したいと思います。

このブログを書き込み展開する直江実樹(naoe-miki)といいます。短波ラジオを使用して、ライヴ活動を展開しています。

黄金町 Sound & Scape は、映像と音楽的パフォーマンスを展開する空間的なライヴイベントです。

今年の7月20日に、黄金町シネマジャック&ベティカフェで1回目を「第一夜」と題して開催しました。

http://www.jackandbetty.net/

第一夜のキャストは、

☆Vajuwaju feat.ミフターハ+リサリサ
http://www.myspace.com/vajuwaju

☆福田理恵×なかおちさと
http://www.sonimage.ne.jp/index.html
http://www.youtube.com/watch?v=699zhrt1BVA

☆中川一郎+直江実樹
http://www.myspace.com/naoemiki
http://inakagawa.blogzine.jp/ambient_samurai/rss.xml

VJ:椿

以下のブログで告知など展開しておりました。

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12/e/3e65118a08a8ca8d7f8774393608ee85

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12/e/69691aa665859c0a2a458bfcc1bc5846

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12/e/fcc01dc0e432c16766253dc76860949f

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12/e/dedb4da6954a0c3cf0d35feb2dd33595

http://blog.goo.ne.jp/mikinaoe42_12/e/9f68a7d202002319080f7668ec5a1285

第二夜を2009年12月6日に開催します。

場所は、黄金町スタジオ内「試聴室その2」です。 

http://cafe.taf.co.jp/live/

●この企画を始めたきっかけのようなものを書きます。

1993~1995年にかけて、芝居の音響を担当して、空間で生でダイレクトに音を響かせるということが快感になって、1年後ぐらいに小さなパーティを山梨でやったり、している時に、短波ラジオSONY CF-5950と出会った。ヤン富田の「Music For Astro Age」がリリースされた時、ちょうど、芝居の音響を担当している時で、その空間的なダブサウンドとともに魅了されたのが、短波ラジオノイズだった。芝居仲間から、ラジオでのパフォーマンスとしてホルガーシューカイは知ってはいた。短波ラジオの音は、シンプルで重奏的で、アンビエントであって、ノイズであって、私のようなニューウェイヴやヒップホップが好きな世代にも訴えかけてくる、アヴァンかつポップな空間音。

小さなパーティで知り合いが持ってきた時、ジャーマンロックDJに合わせてみんなでラジオで遊んだ、それを借りパクしたまま、樹海のイベント「Flying Mountain Ride」で鳴らしたり。

CDJとMTRでコラージュやノイズを作り、山梨を離れ、横浜に移り住み、階段の写真や雑踏のフィールド音を録音したり、漠然とそうした音を並べて、エフェクトをかけたり。世紀末はそんな感じで、Ground Zeroやボアダムズ辺りのカオスに憧れたりして、上記からこの頃によく聞いた、Ground Zero「融解GIG」やI.S.O.の「重力時計」やHANATARASHの「5」はかなり影響を受けてるんじゃないか?と今にして思う。

●世紀を跨ぐ直前の2000年に、ちびパニックスというルーツパニックスのメンバーを中心としたセッションで武蔵小金井アートランドで初めて短波ラジオ奏者としてライヴに出て、その帰り道、硝子工場の同僚の佐藤さんのソロユニットだった打ち込みとアコギとリーディングに近いヴォーカルスタイルのガリノイズに参加を申し出る。それから、MTRと短波のソロライヴが片瀬江ノ島OPPA-LAであったり、キャンプへの参加があったり。少人数のキャンプ「ARVE」ではDJライヴで怜楽舎の雅楽に短波を乗っけたりして、もう今に至るアイディアがスタートしていて、以降、terraD/Aくんと「Flying Mountain Ride」でDJユニットとして単発でやった電脳ショックボーイズをライヴユニットとして始動した、Abstruct Soundscape Duoと称して。12回目のARVEでは、レコーディング手前ということもあって、ガリノイズと合体して1時間のライヴをやったりと実験を重ねながら、最初はターンテーブルやサンプラーを使ったり、MTRを使ったりで、かなりの大荷物でライヴしてた。→2003年8月の町田プレイハウスの「町田クリエイターズモーターショウ」が初の屋内ライヴで、これを皮切りに、下北沢、高円寺、代官山、新宿、横浜、富山、六本木とDJパーティ、スカムイベント、クラブ系、ギャラリースペースでのアクションペインティングとのコラボ、ヒップホップ+ハウス系イベントとジャンルレスに2004年末までは、DJ的側面を持ったままだったスタイルだったけれど、より、短波ラジオとホーメイの特性を生かそうとシフトチェンジ、元々は映像のサントラからトラックメイクということでスタートしたレコーディングが50分超のEP-CDに進化して、ファンクやダブ、クラウトロック、ドメスティックな和物、アンビエントなノイズの「D.M.F.」をRで自主リリースして、高円寺無力無善寺で自主企画「DMF」を2度開催。出演は、一緒にパーティをやってた多国籍ユニットのニューウェイヴ「Abikyokan」、アンビエントなデュオで鎌倉繋がり「ju sei」、ギターアンビエント侍「中川一郎」、ノイズダンサーの先駆「謹成祝花」、ポエトリー+ギタートリオ「sekt」、カラフルオルタナポップ楽団「モザイクフリー」とやっぱりジャンルレスに、対バンノリの企画に相成った。「DMF」の改編改題リマスタリング集「B.C.F.」をリリース後も、銀河キャンプ場、中野Heavy Sick Zero、町田Play House、新宿Advocates Tokyo、青山Everとキャパのある場所、魅力的な企画でライヴを展開するも、トラックメイクの強化や方向性等で、お互い、メインの活動はだんだん、他にスライドして、現在は、トラックメイクとトラディショナルなアコースティックを中心のユニットになっている。

●並行して、2005年ぐらいから始めたソロ活動は即興で、最初は電脳同様にサンプラーやマイク、MTRを多用していたが、短波ラジオ単体でのセッション活動が増える。八木橋司さんの企画を皮切りに、大上流一さんのインプロ企画、浅井祐介さんの個展でのライヴは最初期の多くの機材を使用したものでしたが、2006年後半ぐらいから、セッションへの参加が増えて、2007年の早稲田あかね以降は短波ラジオのみのライヴがメインになってきた。

●電脳ショックボーイズのレコーディングと並行して進めてきたことに、サーカス楽団的なレビューライヴの構想があった。長屋まひこさんの謡い語りと映像のコラボライヴを更に推し進めようと、サックス奏者のJeffry五徳さんと構想していたものだが、まひこさんの帰郷で頓挫。その頃ぐらいから、パフォーマンスと映像というものを、個人的なフィールドレコーディングのヴィジュアル的な要素と連動できないかと漠然と考えていた。

●鎌倉のカフェエチカの旧店舗が閉店する前に実験的な試みでやった個人企画「Cinebient」というライヴがあった。パゾリーニ監督の「王女メディア」(当初は「ゴダールのリア王」で演るつもりだった)をモチーフにそのまま、映像をビートとしてモンタージュすることなくオンタイムでセッションするというもの。発想は面白いものの、と酷評でしたが、Jeffry五徳さんと企画を一緒するきっかけだったのではないかと、今にして思う。思えば、初めて電脳ショックボーイズ名乗って、エクスペリメンタルなDJユニットを単発でやった時も映画やテレビ、アニメの映像をコラージュしてバックにかけたのだし。

●電脳ショックボーイズで浅井祐介さんの個展でライヴの時は、2メートル四方ぐらいの木枠のまわりにペインティングされた布を張り巡らした箱に入ってのパフォーマンスだったり、代官山omamoriでSAKKAKUのヴィジュアルインスタレーションとsuzuくんのキャンドルの中で演奏したり、空間的なアクトが多々あった。そうした下地が芝居のスタッフの時も含め、あったのだなと今にして思う。

●電脳ショックボーイズは、Abstruct Soundscape Duoと名乗ってはいたが、結局、そうした試みは現在までには展開出来ず、再び、鎌倉カフェエチカの現在の店舗で、「radio+soundscape」という映像と演奏のコラボレーション企画を開催する。映像はJeffryさんがディレクションして、私と撮影、演奏はホスト的に私の音と、中川一郎さんのソロ。映像をモニターも含めて4面に配置し、盛況ではあったものの、企画として、混沌し、その後、Jeffryさん、私、エチカマスターの千田氏とのFlying Trainsとしてのライヴパフォーマンスユニットとして、鎌倉カジュアートスペースで2度ライヴを敢行、次期映像撮影の準備に入ったまま、宙に浮いている。

●もう一度、何かの形で、という思いは、ライヴ活動自体の拠点を横浜でと考えた時から、スタートしていた。第一夜を思いついたのは、黄金町シネマジャック&ベティカフェでの「若葉町ニューウェイヴ」という企画を知った直後にシードマウスさんの出演が決まったこと。

●シードマウスさんは後輩の栗山君から富山に凄いノイズアーティストの方が居て、是非、紹介したいということで、メールでやりとりをして、電話で話すことから始まった。短波ラジオをやっていますというと、僕は30年前にすでにそれでデビューしているんだとおっしゃられた。以後、シードマウスさんとお近づきになり、富山での企画に出演させていただいた。最初はガリノイズ、それから電脳ショックボーイズと2003年ぐらいから、ずっと、シードマウスさんが富山から世界に発信し続ける「前衛行為音楽祭」にも参加。シードマウスさんはハードコアなバンド「チクロンBゾンビーズ」やソロでのアンビエントノイズを展開、特にソロは、映像的かつ空間的な偏執的な美しいカオティックパノラマな音で、世界有数のアーティストで、常に私の目標となる人となった。前衛行為音楽祭では、インキャパシタンツのコサカイフミオさんのソロやAstro、伊藤まくさん、渡辺カントさん、ガバメントアルファ、Hacoさんといったそうそうたる面子と同じステージに立つことが出来た。

●なかなか、東京方面でもステージに立つことのない、シードマウスさんがそんな近所で、と。結局、当日伺うことが出来なかったが、同イベントは広く出演者を募集していたので、私も応募して出演を決め、そのギャラリー的な空間で、再び、映像的な企画を組みたいと思い、企画を持ちかけた。それが、2009年7月20日の「黄金町Sound & Scape」の第1回目の第一夜となるわけです。

●ざっくりした空間に2面の映像を配置し、それを照明的にパフォーマーを浮かび上がらせるというもの。

●しかも、横浜のディープゾーンだった黄金町。

次の回では第一夜の経緯と紹介をしつつ、公式HPとリンクの準備、第2夜の告知等挟んで行こうと思います。

黄金町 Sound & Scape ブログ開始テスト

9月 7, 2009

テストテストテスト!!

Hello world!

9月 7, 2009

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